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IFA業界事情
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IFA業界事情
東京大学経済学部卒業後、野村総合研究所入社。NRIアメリカ、野村資本市場研究所にて、日米の金融機関経営、資本市場動向等の研究業務に従事。野村證券を経て、2012年より現職。
前回は、米国で個人向けの証券営業チャネルが多様化していく過程を紹介した。中でも一大勢力となったのが独立系アドバイザーだが、彼らの台頭により、営業担当者の個性に焦点が当たるようになった。個性といっても営業担当者の性格の話ではなく、それぞれの営業スタイルに特徴が現れ、顧客獲得のためにはその特徴を対外的にアピールする必要が出てきたということである。
彼らを採用する証券会社では、その個性を尊重する仕組みを作らなければ彼らは即戦力にはならない。とはいえ、独立系アドバイザーが企業の顔としての役目も果たす以上、同じようなタイプを採用して企業文化を醸成したいという考え方もあるだろう。
いずれにしても、真っ白な状態の新卒社員を採用し、企業文化の継承も行いながら彼らを育てていくのとでは、人事方針が全く異なるのである。では、独立系アドバイザーを採用する証券会社(以下インデペンデント・ブローカー・ディーラー、IBDとする)は具体的にどのような方針を立てればいいのだろうか。
最初に考えるべきことは、営業担当者個人の個性を尊重して黒子に徹するのか、自社のブランドを前面に出して組織としての統一感を持たせるのか、ということである。勃興期の多くのIBDは前者の方針を取り、多様な個性の営業担当者にも門戸を開いた。
しかし、こうしたIBDも徐々に独自色が鮮明になってくる。商品構成は成り立ちによる違いも大きいが、営業担当者は預かり資産や営業収入等の採用条件、ノルマによってもある程度均質化できる。例えば、ハードルを上げればベテラン揃いとなるが、彼らは前職でなじみのある商品、ツール、リサーチを使いたがる傾向がある。従って各社からベテランを引き抜こうとすれば、主要証券各社と同じリソースを用意しておかなければならない。またオルタナティブ等、ベテランならではの変わり種商品を扱う必要もあろう。
これに対し、ノルマ等のハードルが低かったり、異業種商品が充実していたりすれば、若手や異業種からの参入組を集めやすくなる。彼らは株式・債券よりも、証券営業の初心者向けと言われる無難なロングセラー投資信託や変額年金保険を好む傾向がある。また、営業でつまずかないよう手厚いサポートも必要となるため、営業担当者数と比べた非営業職者数にも注目する。
こうして大手IBDのビジネスモデルが多様化していったことは、営業担当者の実績や商品構成からも読み取れる(図表1)。求める人材像がはっきりしたところで次に取り組むのは、優秀な人材の獲得策であろう。
営業担当者を惹きつけるために必要なリソースが何であるかは、営業担当者に聞くのが一番だ。そこで米国の外務員専門雑誌では、現役営業担当者に自社に対する評価を依頼し、その結果を毎年公表している(図表2)。
これを見る限り、大手が必ずしも有利ではなく、むしろ小規模でもきめ細かな気遣いがあれば評価は高いようだ。歩合の戻し率が9割前後と極めて高い独立系アドバイザーだが、報酬・福利厚生だけが決め手ではないことも見て取れる。先に述べたように経営方針に納得がいくか、品揃えは充実しているか等も重要な評価項目である。
営業サポートはより細かく、コンプライアンス、オペレーション・サービス、営業支援と研修、テクノロジーと多面的に評価している。
コンプライアンスについては、金融危機後に強化されていく中でいかに事務処理負担の軽減に気配りするか、等がポイントとなる。
オペレーション・サービスに関しても、スムーズな取引体制が評価される。独立する営業担当者にとっては移籍専任チームの配置もありがたい。口座移管に伴う事務処理トラブルで顧客を失うこともあるからだ。
営業支援には、商品・サービスに関する情報提供の他、中小企業の事業主でもある営業担当者への経営指南も含まれる。立ち上げ期、拡大期、事業継承もしくは売却期と、フェーズごとに異なった支援が望まれる。また独立した営業担当者は自己研鑚の機会も求めている。
テクノロジーは注文執行、ファイナンシャル・プラニング・ツール、営業支援・情報提供ツールと多岐にわたるが、最新のツールに加え、他のツールとの互換性やデータのやりとりがどれだけできるかといったコネクティビティも評価される。加えて、自らマーケティングを行わなければならない独立系営業担当者はSNS等も積極的に活用したい。これらをトラブルなく活用できるルールやコンプライアンス体制作りにいち早く着手した上で、その活用を積極的に推奨する姿勢が求められる。
もっとも独立系アドバイザー向けの営業支援は、手厚ければ良いとは限らないことが悩ましい。営業支援コストは営業担当者のコストとして跳ね返るため、ベテラン担当者が不要な負担と感じるケースもあるからだ。
そこで独立系アドバイザーチャネルの草分けの1つであるレイモンド・ジェームズは、支援体制の異なる6種類のチャネルを用意し、営業担当者が選べるようにした。商品・サービス、リサーチ、テクノロジー、コンプライアンスの4つは規模の経済が働くため、どのチャネルの営業担当者もこれらのインフラは活用できるようにする。しかし、支店の設置場所や規模、アシスタント等の採用、コンプライアンス責任の度合い等は営業担当者が選べる。独立系アドバイザーの裁量が増えるにつれ、歩合の戻し率も高まる仕組みである。
極めて合理的な設計ではあるが、同じブランドの下、裁量の異なる営業担当者の共存は実際には容易ではない。そのため米国の証券会社の多くは銀行参入による再編が進むまで、1社1チャネル体制を貫いてきた。そのような中で複数チャネルの運営に成功したレイモンド・ジェームズの事例は、ハーバード経営大学院のケース・スタディにもなっている。
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営業担当者の多様な個性を殺さずにうまく束ねて力を発揮してもらう――彼らを採用する証券会社は、従来型の証券会社とは異なる舵取りに工夫を凝らしてきた。こうした努力の結果、米国では営業担当者が働きやすい環境に関する調査が進んだ。また、これまで紹介した取り組みの一部は、その後大手証券にも取り入れられている。これは、営業担当者の満足度を上げれば最終顧客の満足度も上がるということが、独立系アドバイザーの台頭によって明らかになってきたからであろう。